わたしはポリアモリーだから、恋人が何人いても順位なんてないのね。
だから逆に、恋人に順位をつけてるとか、つけられてるとかいう人の心理を、スピリチュアルに説明するね。
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こんにちは、自由すぎるセクマイカウンセラーのダイヤです。
今日のテーマは「いつも二番目になる浮気・不倫・愛人体質」。
えっと、ポリアモリーの場合は、恋人に順位をつけないものなのね。
それはね、例えば友達とか、子供とかが、何人いても順位ってないじゃない。
それぞれに大切で、優劣はないよね。
それ以外にも、仕事とか、恋人とか、趣味とか、友達。
こういうものに順位ってないでしょ。全部大事だよね。
だから逆に、恋人に順位をつける人。
「本命」と「浮気」っていうふうに分ける人。
それから、そういう「恋人に順位をつける人をいつも好きになる人」。
既婚者ばっかり好きになるとか、いつも浮気相手にされちゃうとかね。
そういう人のことを、スピリチュアル的に説明していくね。
スピリチュアル的にはね、順位にこだわる人っていうのは、なにかしら競争することに疲れてるんだよね。
競争するっていうことに、極端な恐怖心とか拒否感がある。
「競争したくない」「順位をつけられたくない」っていうね。
仕事とか、兄弟とか、友達とか。
それから、女同士のステータス争いみたいなもの。マウントとかね。
もっと言うと、資本主義社会の競争意識とかね。
そういうものに、すごくうんざりしてるんだよね。
だから心の奥底の意識として、
「どうせ自分に順位をつけて評価するんでしょ」っていう気持ちがあるの。
そういう暴力に傷ついてきたんだよね。
だから、複数の恋人にわざわざ順位をつけたり、わざわざ順位をつけたりするような人と付き合ったりするの。
自然にしてたらね、「今ここにいるあなたの5人の友達に順位をつけてください」って言われたら、ほとんどの人は抵抗があるよね。
心理的に、「それはしたくないな」って思うものなの。
だから、複数の恋人にわざわざ明確な順位をつけてるっていうのは、ちょっと不自然なのね。
じゃあどうしてそういう不自然な行動をとるかって言うと、その「順位をつけたりつけられたりするのが、ツラいんだけど、それが愛情の証だ」っていうふうに刷り込まれちゃってるの。
「愛してるなら順位をつけるのが当然だ」「愛=順位だ」っていう認識になっちゃってる。
そういうのを、児童心理学では「条件付きの愛」って言うのね。
「一番じゃないと愛してあげないよ」とか、「頭のいい子じゃないと自慢できないよ」とかね。
そういうことを言われ続けて、すごく傷ついてるんだよね。
「お母さんにとって自分は一体何番目なんだろう」
「この人にとって一番にならないと愛してもらえない」
「どこまで上に行けば愛してもらえるんだろう」
常にそういう緊張状態で過ごしてきた恐怖が、今もあるんだよね。
「そういうことで傷ついた痛みを抑圧して無視したい」っていう気持ちと、同時に正反対の「その痛みを克服したい」っていう、両方の複雑な感情があるのね。
だから、不倫を繰り返す既婚者とか、既婚者ばっかりを好きになるとかっていうのは、自分で自分のブレーキやブロックを外そうとしてる。
自分のトラウマを癒そうとしてる。
そういう無意識の行動なんだよね。
で、わざわざ順位をつける人を好きになる。
で、「なんでわたしが一番じゃないの?」「わたしを一番にしてよ」って言ってるんだよね。
だから、自分が「順位をつけられることにすごく傷ついてるんだ」っていうことを自覚してその痛みを癒してあげれば、順番が気にならなくなってくるんだよね。
「相手にとって自分が何番目であっても関係ない」
「自分は自分として素晴らしい存在なんだ」
「自分がいい子でも悪い子でも、この人はわたしを愛してくれる」
「自分が何番目であっても、この人の愛は変わらない」
「自分が美人でもブサイクでも、お金持ちでも貧乏でも、この人はわたしを愛してる」
そういうふうに思うことができるようになれば、そういう自信を持つことができるようになれば、しんどい気持ちが少し楽になるんじゃないのかな。
そんな感じでした。
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それではまた次の記事でお会いしましょう。
自由すぎるセクマイカウンセラーのダイヤでした。ラビュー♥
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